Yさんのお母様の場合

母:89才(T13年生。夫婦2人暮らし)   主介護者: 隣に住む娘(私) 

                                   

  <2002年> 78才 会話に違和感  

 

会話で、たまに変な感じ(繰り返し。唐突な印象)を受ける。

長年グループで習っていた英語を「若い人向き(覚えられない)」と文句。

 

  <2003年> うつ病と診断される
 
体調不良から自ら病院巡り。不安を強く訴え「死にたい」。うつ病と診断。
 
  <2004年> 要介護1に
 
記憶力の低下が目立つ。検査をするが異常なしと言われる。
しかし混乱する時があるためヘルパーと認知症薬アリセプトを開始する。
 
  <2005年> アルツハイマー型認知症と診断
 
「あんな所は嫌」と言っていたが、デイサービスを利用し始める。
別の病院でアルツハイマー型認知症と診断される。
横になっているか、お菓子の過食か、夫に言いがかりをつけ喧嘩する毎日。
必死で仲裁したが、終わりのない怒鳴り合いに、精神的に追い詰められた。
 
  <2006年> 要介護2から要介護3へ
 
夫への被害妄想的な暴言暴力がひどくなり、要介護3になる。
ふらつき・歩行困難から向精神薬を中止。主治医を変え抑肝散を処方される。
意欲が出て家事や計算ドリル、英語学習などを自分からどんどん進める。
「もっと学びたい!人の役に立ちたい!」と望み、デイサービスに強い不満。
知的欲求に応えるため英語の家庭教師を頼む。母を支える良き心の友となる。
 
  <2007年> 猫で笑顔が
 
意欲は改善したが、記憶力低下と被害妄想的な思い込みは続く。
母のために初めて猫を飼い始めると、心が安らぎ、穏やかになった。
夏、精神的に安定せず、ショートステイを試すが悪化し、やむなく断念。
 
  <2008年> 自分が認知症であることに苦しむ
 
めまいでMRI検査をするが、異常なし。
認知症症状を「私がおかしいのよね」と自覚。しかし自分が認知症であるという現実を受け入れられず、苦しんでいた。
「デイには行きたくないが、行かなくちゃね」の言葉に「それは、アルツハイマー型ではなく、レビー小体型のよう」と主治医に言われる。
アリセプトを8mgに増やし不機嫌、朝起きられなくなり減量する。
 
  <2009年> 要介護4に
 
めまい、吐き気、頭痛等で何度も検査するが異常は見つからない。
いつも同じトランプゲームの幻視が見え始める。
横になっていることが多く、話も徐々に通じなくなる。
このまま寝たきりになってしまうのではないかと不安になった。
新しい医師にガスター10を処方され悪化。 2010年も変化なし。
 
  <2011年> 薬による悪化と改善
 
食事や排泄が自分でできなくなる。言葉も通じない。
向精神薬リスパダールで悪化、中止。
認知症薬メマリーで回復したのか、夫への暴言が消えた。別室の夫に「おやすみなさい。美味しい夕食をありがとう」と毎晩言いに行くようになった。
 
  <2012年〜2013年> 介護を通して多くを学ぶ
 
何もできなくなる時(医師はせん妄と説明)と良い時を繰り返しながら、記憶力、理解力、判断力は、徐々に低下している。
パーキンソン症状はなく、家事役割も担い、何とか生活できている。
 
今まで積極的に身に付けてきた認知症に関する知識が、介護に役立った。
特にブログや家族会からは、より実際的な知恵や覚悟のようなものを学べた。
介護を通して人との関係、認知症を取り巻く医療・福祉・社会のあり方、生き方・老い方を考えさせられ、本当に多くのものを得ることができたと思う。
 
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コメント: 1
  • #1

    東川 (金曜日, 03 3月 2017 21:11)

    似たような経験中です。いかに、穏やかに自分自身できるか?葛藤中です。